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東京高等裁判所 平成元年(う)1084号 判決 1990年7月09日

本籍

横浜市中区山手町一〇九番地

住居

同所同番地 山手ビラポルテ五〇一号

会社役員

岸下龍太郎

昭和一五年一一月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成元年九月一八日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平本喜祿出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人神宮壽雄及び同安田道夫連名の控訴趣意書に記載されているとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、不動産業を営んでいた被告人が、その所得税を免れようと企て、他人の名義を用いて不動産の取引を行い、その収入を他人名義で預金するなど不正の方法により所得を秘匿した上、昭和五九年分の総所得金額が四〇八万円、分離課税による土地の譲渡等にかかわる事業所得金額が八億八〇八四万六九四〇円であり、これに対する所得税額が六億六六四〇万七二〇〇円であったにもかかわらず、その所得税に関する確定申告書を納期限まで提出しないで納期を徒過させ、もって、不正の行為により右と同額の所得税を免れたという事案であって、本件による逋脱額が巨額であること、被告人は、不動産業を営むに当たり、事業資金を蓄積して置こうと考え、東京都渋谷区道玄坂に所在する一六九坪の本件土地につき、自己の計算において取引をなし、巨額の利益を上げておりながら、その取引に全く関係のない会社をダミーとして介在させるなどした上、本件犯行に及んだものであって、その犯行態様が計画的かつ巧妙であることはもとより、動機の点でも何ら酌むべきものが認められないこと、その所得のみならず同年中の他の所得についても全く申告していないばかりか、本件不動産取引に関する所得につき、後に取り下げたとはいうものの、本件査察開始後、被告人が取締役に就任している赤字会社の名義で虚偽の修正申告をし、更に税務当局から同年分の所得税額等の決定処分通知を受けるや、これに対しても異議を申し立てるなど、徹底した所得秘匿工作を講じていることに鑑み、被告人の納税意識は甚だ希薄であって、その犯情が極めて悪質であること、未だに本件の本税は勿論、付帯税についても完納されていないこと、以上の諸事情に徴すると、被告人の刑責は重いといわなければならない。

してみると、被告人は、査察段階から本件犯行を認めているほか、本件発覚後、不動産業から手を引いて他の職種に転じ、この種の犯行を二度と繰り返さない決意でいる旨述べるなど、本件について深く反省していること、被告人には前科前歴がないこと、本件が新聞等で報道をされたため、ある程度の社会的制裁を受けていること、その他家庭の事情等被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌し、更に、原判決後、本件の本税につき分割納付すべく、国税局へ約束手形八通を差し入れている事情を併せ考慮しても、本件は懲役刑の執行を猶予すべき事案とは認められず、被告人を懲役一年八月及び罰金一億五〇〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは考えられない。

なお、所論は、(1)本件犯行に深く関与し、その重要な役割を果した株式会社伯耆安部の専務取締役高本啓一が被告人と共犯関係にあることは明らかであるにもかかわらず、同人は不問に付されていることに対比し、被告人の刑責のみが厳しく追及されることは相当でないこと、(2)本件不動産取引により取得した金員が他に貸し付けられているが、その貸付金は貸付当時から事実上回収不能の状態に陥っていたのであって、本件逋脱による資産は殆ど被告人の手元に留保されていないこと、(3)被告人は、本件の脱税協力者らに対し、その報酬として、合計一億〇九四三万円を支払ったが、税務当局において、本件所得を計算するに当たり、その経費性が否認されて、被告人の所得と認定されたため、この分に対し、課税面で八〇〇〇万円近くの税負担を強いられるという不利益な扱いを受けていること、(4)本件後、所得税法の改正により税率が低下したことなどが存するので、これらの諸点を被告人に有利な情状として十分斟酌すべきである旨主張する。

しかしながら、(1)たとえ、高本啓一が被告人と共犯関係にあるとしても、同人は、本件と同一の事実について起訴されていないばかりか、仮に同人が共犯者として起訴され、かつ、刑の量定に当たり、共犯者の刑との権衡を十分考慮すべきであるとしても、量刑は当該被告人ごとの個別的情状を勘案してそれぞれ別個になされるべきものであること、(2)貸付金を回収することが出来ないときは、税法上所定の手続きを経て損金に計上することが認められているのであるから、その手続によるべきであって、その手続きを経ることなく、損金に計上したと同様の扱いをすることは許されないこと、(3)脱税協力金を支出したとしても、その支出を必要経費として認容すると、脱税を助長する一方、その分だけ国の税収入の減少をもたらす結果となるので、所得税法が所論(3)のような主張を認容しているものとは到底解されず、したがって、その必要経費性が否定されている以上、右支出相当額が被告人の所得と認定されて、これに所得税が課されることは蓋し当然であること、(4)本件犯行後、所得税法が改正されて、税率が低下したことは所論のとおりであるが、当該改正法は経過規定を設け、「昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定しているのであるから、本件に改正法を適用すべき余地は全くない上、右改正法の立法趣旨は、同一法令の施行当時における納税者に対し、裁判時の如何を問わず、同一の法令を適用して、正規に納税をした者との間に不公平が生ずることのないように扱うことを明らかにしたものと解されるから、本件について改正法を適用したと同様の結果をもたらすような扱いをすることは相当でないことなどに徴し、所論(1)ないし(4)の主張は、いずれも理由がなく、これを採用することは出来ない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 岸下龍太郎

右の者に対する頭書被告事件につき、平成元年九月一八日横浜地方裁判所第二刑事部が言い渡した判決に対し、被告人から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。

平成元年一一月二〇日

右弁護人 神宮壽雄

同 安田道夫

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、罪となるべき事実として

被告人は、神奈川県横浜市中区山手町一〇九番地所在の山手ビラポルテ六〇六号室に居住し、不動産取引業を営んでいた者であるが、自己の所得税を免れようと企て、他人名義を用いて不動産取引を行い、これによつて得た収入を他人名義の預金にするなどの不正の方法により所得を秘匿したうえ、昭和五九年分の総所得金額が四〇八万円、分離課税による土地の譲渡等に係る事業所得金額が八億八〇八四万六九四〇円(別紙(一)修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額が六億六六四〇万七二〇〇円(別紙(二)脱税額計算書参照)であつたにもかかわらず、右所得税の申告期限である昭和六〇年三月一五日までに横浜市中区山下町三七番地九号所在の所轄横浜中税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もつて、不正の行為により、昭和五九年分の前記所得税額六億六六四〇万七二〇〇円を免れたものである。

と、ほぼ公訴事実と同一の事実を認定し、さらに量刑理由として、

本件は、個人で不動産取引業を営む被告人が、不動産取引のための資金を蓄えるため、他人名義の不動産取引などで得た所得を秘匿したうえ、所得の確定申告を行わず、六億六六四〇万七二〇〇円もの所得税を免れたという事案であるが、その動機に酌むべき事情はなく、犯行態様をみても、当該不動産取引についてはもちろん、その収益の秘匿にも他人名義を用いたほか、右名義人にも類が及ばないようにするための工作も行うなど、計画的かつ巧妙であり、さらにほ脱税額も一年度分のものとしては巨額で、ほ脱率も一〇〇パーセントと、脱税事犯としては悪質である。しかも、被告人は、国税局の査察を受けるや、右不動産取引は自己が取締役を務める株式会社のものであつたとする虚偽の修正申告をするなど、犯行後の情状にも芳しくないものがあるばかりでなく、現在にいたるも、いまだ本税の納付すら果たしておらず、右のような事情に加えて、本件が納税義務を適正に履行している一般納税義務者に与えた社会的影響も軽視することは許されず、被告人の刑事責任は誠に重大といわなければならない。

したがつて、本件において、八億八〇〇〇万円余りに及ぶ不動産取引による所得が、一回のみの不動産売却行為によるものであること、被告人が捜査段階から素直に事実を認めて、反省の態度を示し、不動産業からは手を引いて二度と脱税を企てない旨誓つていること、被告人にはこれまで前科前歴がないことなど、被告人に有利な一切の情状を斟酌しても、本件は到底執行猶予を付しうる事案とはいえず、主文掲記の量刑を相当と認めた。

と、判示した上「被告人を懲役一年八月及び罰金一億五〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。」として、実刑判決を言い渡した。

しかしながら、以下に述べる諸事情を考慮すると、原判決は、被告人岸下の懲役刑に執行猶予を付さなかつた点において、量刑著しく重きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

第一 被告人は本件犯行を深く反省しており、再犯のおそれはない

原判決は、「被告人が捜査段階から率直に事実を認めて、反省の態度を示し」たと判示して、被告人の反省の態度を認めているものの、その態度を示した時期は、検察官の捜査段階であるかの如くに判示しているが、被告人は、既に昭和六一年一一月二六日、東京国税局の査察調査を受けたことにより、本件の重大さと責任を痛感して改悛し、二度とこのようなことをくり返さないとの強い自覚のもとに国税局の調査において、本件犯行につきありのままに供述して犯行を全面的に認め、かつ関係者も協力してきたものである。したがつて、被告人は原判決の判示するように捜査段階に至つて、はじめて事実を認めるに至つたものではないのである。そして、このような被告人の態度は、告発後の検察庁の取調べに対してはもとより、公判段階においても全く変化していない。そして被告人の本件に対するこのような深い反省の態度と自覚からすれば、最早再犯のおそれは全くないものと確信する。

第二 被告人の本件犯行の動機について

原判決は、被告人の本件犯行の動機に酌むべき事情はない旨判示する。

ところで、被告人は本件脱税の動機について、東京における自分の不動産業の資金を貯めるためであつたと供述し、また、本件道玄坂物件の取引にあたり、これが株式会社伯耆安部の取引であるかの如く仮装することにしたのは、知人が経営する同会社に利益分配金を渡すことによつて同会社を儲けさせてやろうと考えたと供述しているところである。被告人が東京における事業上の地歩を築く上でその資金を蓄えることが重要であることや、知人との関係を重視して伯耆安部を介在させたというものであり、現に右伯耆安部に多額の分配金を与えているのであるから、右の動機及び事情をとらえて被告人につき酌むべき事情はないとして強く非難することは妥当ではないと思料する。

第三 本件犯行の手段、態様について

原判決は、「犯行態様をみても、当該不動産取引についてはもちろん、その収益の秘匿にも他人名義を用いたほか、右名義人にも類が及ばないようにするための工作も行うなど、計画的かつ巧妙」であると判示している。

しかし、まず被告人には実弟を代表取締役にして経営する株式会社彩交が存在し、同会社は赤字会社であるから、被告人としてはこの会社を真実の取引の主体とすれば節税にもなるのに、そのようなことをしていないのである。また、本件のような仮装行為が発覚して、所得税法違反事件となつた場合、所得税は法人税よりも税率が高くなつて不利益であるのに、これらの点を考慮せず右のような伯耆安部を介在させる方法をとつたところなどからすると、原判決が指摘するような計画的かつ巧妙なものとは云い難く、したがつて、本件はさまで悪質なものとまではいえないものと思料する。

次に、本件では仮装取引先として池口商事株式会社や、右伯耆安部を介在させ、また、架空の経費を計上しており、一応契約書や領収証の形式はととのつているものの、右池口商事の帳簿には本件の取引関係について全く記帳されていないことや、その他金銭の実際の動きと仮装行為とが一致していないことからして、反面調査をすれば仮装行為が直ちに発覚するような稚拙な手段であるということができる。

従つて、被告人がこのような手段をとり、所得税の確定申告をせずに脱税したことは非難されて当然であるとはいえ、その手段、態様は、原判決が判示するような巧妙なものとは云い難い。

第四 共犯者の関与について

原判決は、本件における共犯者の存在及び関与と量刑との関係について、全く判示していない。

しかし、本件の道玄坂物件の売買益の秘匿による脱税に関しては、前記伯耆安部の専務である高本啓一の関与とその役割が重要であり、同人が本件被告人の共犯者であることは明らかである。

しかも右高本啓一は、本件脱税にかかわる取引に深く関与しており、かつ、利益分配金として法人個人合わせて合計二億五六六四万円の多額の利益を得ているのである。しかるに同人は本件の共犯者として告発されていないのみか、参考人として取調べを受けたものの、被疑者としての取調べを受けていないのである。

ところで、右高本は本件において伯耆安部の介在する仮装取引に関して、重要な点はすべて被告人の指示によるものであると供述しているのである。しかし、この点については被告人の供述と対比してみると、被告人の指示で動いたにすぎないのかについて多大の疑問が存するところである。

もとより被告人は、高本の関与があるからと云つて同人に本件の責任を転嫁する意思は全くないのであるが、弁護人としては右高本が被疑者として調べを受けておらず、かつ不問に付されていることとの対比において、被告人につき本件の刑事責任を厳しく追及することについては疑問があり、慎重に検討願いたいところである。

第五 被告人の尾崎清光に対する多額の貸付金が回収できないことについて

原判決は、この点について全く触れていないが、被告人が尾崎清光との関係で多額の貸付金を有していたことは、被告人の供述及び原審における証人富山勝博の証言によつて明らかである。

そして、右両名の供述によれば被告人の尾崎関係の貸付金は合計で一四億円ぐらいの多額にものぼつているのである。このうち、被告人は昭和五九年一二月に本件取引に関連して被告人が銀行借入れをした際、そのうちから二億円を貸し付け、またその後本件道玄坂物件の売却益の中から一億三七〇〇万円を貸付けているのであつて、このことは被告人の検察官調書等によつて明らかである。

ところで問題は、これらの貸付金は富山証言及び被告人の供述によつても明らかなとおり、貸し付けた当時から事実上回収不能の状態になつているのである。弁護人は本件において、これを貸倒れ等として主張するものではないが、被告人としては本件で脱税したことにより納付すべき本税、附帯税及び地方税を合計するとほ脱した所得よりはるかに多額の税負担を負う結果となつているのに、他方においてこのように事実上回収不能の多額の貸付金があることから、被告人は本件で脱税をしたものの、被告人にはそれによる資産の留保は事実上殆どなされていないのであつて、この点は被告人に同情すべき事情として充分考慮願いたい。

なお、高本啓一は、被告人が尾崎清光の知恵袋的存在である如く供述しているが、原審における被告人の供述及び前記富山の証言からするとそうではなく、むしろ被告人は尾崎に金員をたかられていた被害者的立場にあつたと認められる。

第六 脱税経費について

被告人が、本件においてダミーとして関与させた前記伯耆安部に対して報酬として支出した二億六六四万円と高本啓一個人に対して報酬として支出した五〇〇〇万円については利益分配金として、本件道玄坂物件にかかわる被告人の所得計算において減算されている。ところで被告人はこのほか本物件の取引関係でいわゆる脱税経費と認定された産光建設株式会社及びこの関係の山下、矢崎の両名に合計五七四三万円、前記池口商事に三二〇〇万円、有限会社信亜技研に二〇〇〇万円の以上合計一億九四三万円を支払つていることが明らかである。しかし、これは脱税協力に対する報酬であると認定されたため、これが法人税法違反事件の場合であれば課税面で経費として認容されるが、本件は所得税法違反事件であるため、課税面における所得計算上経費否認されている上、刑事裁判上も同様経費否認されているのである。

刑事裁判上、いわゆる脱税経費が所得計算上経費否認されるのはこれまでの裁判例からやむを得ないとしても、一億九四三万円の金員が実際に右関係者に支払われて被告人の手元から流出してしまつていて、被告人には留保されていないのである。それにもかかわらず、右一億九四三万円が被告人の所得として計算されているため、課税面において八〇〇〇万円近くの税負担となつている上に、刑事裁判上も経費否認されてしまつているのであつて、法人税法違反事件の場合と異り一層不利な取扱を受けているのである。原判決はこの点について全く触れていないが、情状の上で被告人に同情すべき事情として十分考慮されて然るべきものと思料する。

第七 社会的制裁を受けていることについて

被告人は本件脱税事件で、長期にわたる調査、捜査を受けたことにより、社会的活動においても家庭生活上も多大な精神的負担を負つたばかりか、本件に関する税務署の決定により本税、重加算税だけでも本件によるほ脱所得金額を上回る九億円以上の納税義務を負つたのである。これに更に延滞税、地方税等の納税義務もあり、それだけでも重い税負担をおつたのであり、これらを納税すること自体被告人にとつて社会的制裁を受けたことになるのである。しかも被告人は本件納税に関し繰上げ請求されて、被告人の不動産は当局によつて差し押さえられたものである。これに加えて、平成元年五月一日いわゆる脱税者の番付が新聞報道され、被告人の名前もこの番付に載つたことにより、被告人としてもこれが納税のため全力を尽くしていた最中であつたのに、この報道により納税のための不動産の処分も困難となつた上、これを担保とする融資等も受けられなくなつてしまつたのみならず、この報道が家庭や仕事上に与えた影響も計り難いものがあり、既にこれらにより刑罰にも劣らない社会的制裁を十分受けていると云つても過言ではない。

第八 納税について

被告人としては、右のように本件脱税に関しては何としても本税はもとより附帯税及び地方税についてもすべて納税したい気持で日夜努力しているものの、右の経緯で誠に残念ながら原審段階で納税できなかつたものである。

しかし、被告人は不動産等も所有しており、新規事業による収入等を念頭におきつつ必ず完納することを原審においても誓約しているところであり、現在これを実行すべく鋭意努力しているところである。

第九 虚偽の修正申告をしたことについて

原判決は、「被告人は、国税局の査察を受けるや、右不動産取引は自己が取締役を務める株式会社のものであつたとする虚偽の修正申告をするなど、犯行後の情状にも芳しくないものがある」と、判示する。

確かに被告人は本件後、調査段階において本件犯行を認めていたにも拘らず、他方調査の最終段階である昭和六三年二月末ころに至り道玄坂物件の取引に関し、自己が取締役をしている株式会社彩光の取引として修正申告書を作成し提出したことがあつたが、これについては原審で被告人が供述しているとおり、被告人の実父の死去した直後で精神的にも極めて不安定な時期であつたこと及びこの申告をするについては藤原税理士の誤つた指導に大きな問題があつたばかりではなく、被告人もその後川島税理士の正しい指導により自覚反省しこの修正申告を直ちに取り下げてしまつているのであり、その後も被告人は一貫して本件犯行を認めてきていることを考え合わせ考えると、右修正申告の点をとらえて被告人を強く非難することは妥当ではない。

第十 その他の情状

以上のほか、考慮願いたい諸事情がある。

1 原判決も判示するとおり、被告人は本件後反省悔悟し不動産等から手を引いている。そして、本件後新たにリールマシンの事業を開始すべく協同組合リースマシンを認可を得て設立し、これが事業化に全力を傾注しており、よきパートナー兼助言者として須田利男を得て、その助言、指導のもとに自己の所得税はもとより、関係している会社の法人税の確定申告等は正しく行い、二度とこのようなことは惹起しないと強く誓約しているところである。

2 本件の八億八〇〇〇万円余の不動産取引による所得は、原判決も判示するとおり一回のみの不動産売却行為によるものである。

3 本件当時は、所得税法上の最高税率が七〇パーセントと最高のときの事案であり、その後の同法の改正により税率が低下し、本年分から最高税率が五〇パーセントとなつたこととの対比において、被告人の量刑を考慮さるべきであると考える。

4 被告人には、前科前歴が全くない。

以上の諸事情に加えて、被告人の身上、経歴、家庭の状況、性格、人柄等、原審に現れたその他の被告人にとつて有利ないし同情すべき諸情状を考慮すると、本件は無申告による比較的高額の脱税事案ではあるとはいえ、被告人の懲役刑について執行猶予を付さなかつた点において量刑著しく重きに失し不当であるから、原判決を破棄した上相当な判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

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